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「アクティブ・ラーニング」だけが表看板の研究会

 個人的には,「アクティブ・ラーニング」を表看板にした研究ほど情けないものはないと考える。

 日本の教育は,「内容の充実」を中心に進められてきたが,

 「内容よりも方法を学ぶことに力点がある」研究は,だいたいどこかのモノ真似でしかない。

 国立教育政策研究所はHPで公開している研究報告を単行本にして売り始めたが,

 ここでまとめられているのは,内容,学習活動,資質・能力をつなぐ学びのサイクルをつくりだすのが課題・・・というごくごく当たり前のものであった。

 「学習活動」の方法そのものを学んでも何にもならない。

 内容と「資質・能力」への問いかけとその議論こそが大切である。

 「学び方」などは,小学生で十分にやっている。

 ただ成果が出ていないだけ。

 「学び方」で成果を出していると胸を張れる学校の数はわずかである。

 「内容」を問われたときに口をつぐまない学校となると,さらに数は減っていくだろう。

 さらに数が減るのは「本当に資質・能力は育っている」と実証できる学校である。

 本当に自分自身が「アクティブ・ラーニング」をしたいと思ったら,何をすべきか。

 ドリルをひたすらやり始めたりする人の方が,高い能力を発揮できてしまうことをどう説明したらよいのか。

 「内容」自体に「アクティブ・ラーニング」の推進力があることを,本気で語れる教師がいなくなってしまったら,今の学校制度や教師など必要なくなる。

 素人集団の『学び合い』万歳である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より