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容疑者「K」の落とし方

 覚醒剤所持の現行犯で逮捕された容疑者「K」さんは,入手先については口を閉ざしているという。

 取り調べのベテランは,いくつかの「落とし方」の技をすでに試しているのだろうが,成功に到っていないということは,それだけ容疑者の心の闇が深いということではないだろうか。

 同じレベルで比較することはもちろんできないが,学校の教師にも,「落とし方」の常套手段がある。

 今回の件で共通するところがあるとすれば,

 「孤独にさいなまれている容疑者が,本当に親身になって自分のことを考えてくれていると誤解した相手をかばっている」ケースか,

 「ばらしたらとんでもないことをされる」と脅されているケースのどちらかである。

 落としやすいのは前者の方で,「誤解」に気づかせることに成功し,学校の場合は「先生方の方が味方なのだ」と思わせることができれば,「本当に反省すべき生徒」を突き止めることができる。

 後者の場合でも,脅していた生徒の方の指導に成功すれば,解決に結びつくこともある。

 キーワードは,「本当の意味で頼れる存在とは何か」に気づかせることであり,

 学校の場合,警察と違うのは,いつも生活をともにする「仲間」であり「家族」のようなものであることを実感させられる場であるということである。

 警察にお世話になった方は,いずれ,社会への復帰を果たさなければならない。

 社会の方でよいかたちで受け入れることができれば,再犯の可能性が下がるだろうが,ここが学校と社会の一番の違いである。

 「心を入れ替えた」つもりになっていても,やがて以前と同じような自暴自棄の気持ちだったり孤独に襲われたりすると,元の木阿弥になりかねない。

 頂点と最底辺を経験した容疑者「K」さんの振れ幅の大きさは想像もできないが,頂点に立てた環境の中にいた分,まだ希望は捨てずにすむと思われる。

 賭博に覚醒剤。

 プロ野球界は「お楽しみ界」ではないことを思い知らせてくれた。


 母親,子ども,野球少年・・・・・「落とし方」はいくらでもありそうだが,すでに復帰後の「回想録」を書き始めているゴーストライターがいそうなのも怖い。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より