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インチキを見破る方法

 私が学会誌掲載候補の論文の査読をしたとき,二重投稿しているインチキをすぐに見破った話を以前に紹介したが,この著者は今でも,いくつかの大学で非常勤講師をつとめていらっしゃる。

 最近,この方が出された実践を中心にした本を読ませていただいたが,どうしてもいたるところにインチキがあるように思えて仕方がない。

 大学入試には何の役にも立たない実践が中心なので,受験生が読んでも参考にはならないが,社会科の授業論という話題になると,教師の読者が多いに違いない。
 
 ただ,実践をしているこちら側からすると,あまりにも都合の良すぎる「生徒の発言」がきれいに並びすぎており,どう考えてもでっち上げにしか見えてこない。

 生徒が語ったことにして,自分が言いたいことを書いているとしか思えないほど,生徒の発言とされているものはベテランの社会科教師が説明するレベルに匹敵する内容になっている。

 「インチキを見破る方法」とはおおげさなタイトルだが,こういう実践事例というのは「本当に生徒が言ったのか?」を疑ってかかることが大切である。

 そもそも,論文の数を稼ごうと,ほぼ同じ内容のものを2つの学会に出すようなインチキをするような人間は,どうしても信用する気にはならない。

 それなりに高齢だし,学会から姿を消すのも時間の問題だろうから放っておいてもよいのだが,

 読めば読むほど,似たようなインチキを繰り返す教師が生み出されかねないという余計な気苦労を背負ってしまう。 

 大学というところは,こういう教師でも働けるニーズがあるということである。

 たしかに,中学生や高校生に授業をしたことがない大学教員が,

 現場の教師となったときに必要な能力を学生に身につけさせることができるとは思えない。

 現場教師はこれからもっともっと大学生にとって必要となる時代になるだろう。

 児童生徒学生時代にアクティブ・ラーニングをしてこなかった教員に対して,

 いきなり「アクティブ・ラーニングを増やしていきましょう」といっても困るだろう。

 その根拠になるのが,それらしい本が売れていることにある。

 まだそういう本を買う気になった教師は,少しでもアクティブ・ラーニングの経験がある人かもしれない。

 放送大学の講義を何十年と楽しく視聴していても,アクティブ・ラーニングは一生できないのである。

 アクティブ・ラーニングもどきの実践がある人が,大学で紹介する。

 大学生はおそらく自分たちなりにアレンジして,その世代の感性に合った授業をつくりだしてくれるかもしれない。

 著書は残念ながら,私の世代の人間にとっても「とても古いもの」に感じてしまう。

 型にはまりすぎた討論と,教師にとって都合のよい発言ばかりが並んでいる資料は,現場の授業ではあまり参考にならない。

 ぜひ追試をして,失敗を実感してみてほしい。

 著書ではその失敗への批判に対する予防線を張っているが,著者を責めることはもちろんいけない。

 「つくりものの実践事例が,どれくらい役に立たないか」を知ればそれで十分である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より