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「バカ」の周りには「バカ」が集まり,「支援を必要とする人」の周りには,「人間」が集まる

 幾度となく,自分の目で見てきた風景があります。

 それば,「バカ」の周りには「バカ」が集まっていくということ。

 「烏合の衆」は,集まってもただギャーギャーと鳴いているだけのバカな鳥という評価が烏に下されていたので,できた言葉だとされています。

 今は,烏は知能の高い鳥として知られていますが。

 「有象無象」「野次馬」なども似たニュアンスの言葉でしょう。

 ただ集まっているだけのように見えるものを,「バカ」なものと見るか,

 そうではない何かを持っているものと見るかで,「見る側の人間性」がわかるというものです。

 教育の世界にいる人間としては,「バカ」という言葉を使うのは非常に大きな抵抗感を覚えます。

 冷静さを欠いているときには出てしまう言葉かもしれませんが,

 少なくとも論理的な文章を書くときには使用しないことばでしょう。

 
 新年の5日にある研究会に参加させていただいたのですが,

 「低学力の生徒」の指導のあり方が話題になりました。

 私は「学力が低い」という言葉ではなく,「これからものすごく伸びる可能性がある」というイメージで向き合うべきと主張しました。

 生徒の立場から見れば,「自分のことを学力が低い生徒という目で見ている先生」より,

 「これから学力が飛躍的に伸びる生徒という目で見ている先生」でいてほしいのは明らかですから。

 問題は「どう伸ばすか」であることには変わりはないのですが,

 「低い」というネガティブな言葉から出発するのではなく,

 「本当の出発点にいる」というイメージを持つことで,授業の構想,構成自体が変わる可能性があるのです。

 
 相手を「バカ」と言ってしまうというのは,その相手からは恨まれる,憎まれる存在になってしまうという

 「バカ」な行為をしてしまうということになります。

 
 そもそも「困っている人」を助ける,「支援を必要とする人」に自立のチャンスがつかめる何かに気づいてもらう,そういう発想がない人間には,教師などつとまらないのです。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より