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廃棄されるはずの食品が不正に転売されていた問題について

 日本では,毎日どのくらいの量の食品が廃棄されているのだろう。

 生ゴミになったり,ディスポーザーで処理されたりしている食品の量まで把握することはできない。

 以前に期限切れ間近の弁当の割引販売をした店に圧力をかけた会社がニュースで話題になったが,

 今度は廃棄されるはずの食品が転売されていたという話である。

 世の中には,こういう「不正」をはたらく大人がいる。

 「金儲け」のために「嘘」をついて「利益」をせしめる大人がいる。

 これが社会の現実である。

 ただ,このような話題が「道徳の教科書」に掲載されることはないだろう。

 「道徳の検定教科書」がつくられ,教育現場では,結果的にその教材にしばられることになるという道筋ができてしまっている。

 社会で起こっている出来事はその背景や原因がけっして単純ではなく,結果や影響もさまざまなかたちで現われくる。

 もし,「道徳でアクティブ・ラーニングを」と本気で考えたいのであれば,

 ニュースが出たらタイムリーにその話題をとりいれ,生徒が頭をフルに回転して考えられるような授業を提供してあげることも,教師のつとめであるはずなのだが。

 そうすれば,たとえば新聞の投書欄への投稿を全校で進めるとか,学校をあげてのキャンペーンをやるとか,子どもの自治的な活動が増えてくるかもしれないのに。

 今回のニュースに関しては,「3万3000枚のビーフカツ」は,ゴミになってはずだ,という観点から,

 「それを廃棄せずにすませる方法はないのか」という追究課題が導き出せる。

 もちろん,「20社以上がかかわっていた,廃棄されるはずの食品を扱う業者とは,いったいどういうものか」という疑問もあるだろうし,「食の安全は何で保証されるのか」という心配も出てくるだろう。

 「持続可能な社会」とは,現実的にはこうやって「不正でも廃棄されるものを利用することが重要なのではないか」なんていう仮説も登場してしまうかもしれない。

 アクティブ・ラーニングを学校の教師たちがしたがらないのは,

 子どもが社会(問題)の本質に迫ってしまう可能性が高く,自分には扱えないレベルのものになることを怖れているからではないだろうか。

 とりあえず,私は来週の帰りの会で子どもたちに投げかけてみたい。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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