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「バカ」を罵るのが大好きな「バカ」

 世の中には,私のようにブログの記事を夜中に打っているような暇な人間がいる。

 何かをしていないと気が済まないという「貧乏性」に悩まされている私みたいな暇人が多いのかもしれない。

 中学校の生活指導では,「どうしてこんな『バカ』なことをしてくれるんだろう」と,怒りよりも

 ため息をつきたくなる場面が多くなる。

 そして,「どうしてこんな『バカ』なことを・・・」という生徒同士が問題を起こしてくれる。

 繰り返し繰り返し。

 以前の記事で「中毒」と表現したが,

 中学校の教員というのは,こういう「問題」がしばらく起きないと,落ち着かなくなってくる。

 昨日まで私もそうだったが,案の定,「問題」が起こってくれて,ほっとしている(?)。

 こういう生徒に共通してみられる特徴は,

 「自分よりバカだ」と思っている相手を対象にして,「バカにするような態度」をとり,ケンカなどの問題に発展する。

 ケンカを売られた側も,相手のことを「自分よりバカだ」と思っているので,黙っていない。

 なだめる方法は,「バカだと思ったら,相手にするな」・・・・これが,案外と効き目がある。

 効果の持続性には課題があるが。

 「バカ」を罵るのが大好きな「バカ」は,「バカ」を相手にしないと言いながら,

 「バカ」の話ばかりする。

 なぜ自分が書いていることとやっていることの違いに気づかないのだろう。

 心理学者はこう言うのだろう。

 「自分を認めてもらいたくてもらいたくて仕方がない・・・でも,自分に自信がなんだろうね・・・」

 そう。自分に自信がある人間なら,「バカな人を見下す話」なんていう低級の行為に労力を費やすことなどしないはずだ。

 ・・・でも,まだまだ自信がもてないから・・・。 


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より