ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 芸能人の「独立」問題 | トップページ | 私たちは,褒められたり叱られたりするから伸びるのではない! »

「部活」でしか教育を語れない人

 「部活」でしか教育を語れない中学校教師はたくさんいます。

 情けない気もしますが,それくらい「部活」は教師と生徒にとって深い信頼関係の絆ができる場であるとも言えます。

 「部活」をしに学校に来ているという生徒はたくさんいるし,そういう教師も少数派ではありますがいることは確かです。

 「部活」の存在の大きさは,良い意味でも悪い意味でも,よく知られているところでしょう。

 とにかく「経験」のある人が圧倒的多数なのですから。

 道徳的実践力を高めるために役に立っているのは,

 「道徳」ではなく「部活動」だ・・・多くの人たちが実感できる話だと思います。

 ところが,今,学校には部活動やサークル活動に参加せず,勉強ばかりしていた経験をもつ人たちの教員採用が増えているようで,現場はたいへん困っています。

 部活の指導ができない教師には生活指導もつとまらない,という経験則が,そのうち,

 部活の指導をしない教師が管理職になっていく,という経験則に変わっていく時代が来るかもしれません。

 子ども時代に部活動でがんばってきた人たちが,自分が教師になってから手のひらを返すように

 「部活は教師の仕事じゃない」なんて言えるわけもなく,

 堂々と「正論」を吐ける人というのは,やはり学校で「お勉強」だけをしてきた「塾型人間」たちなのでしょう。

 採用試験には,やはり「塾」に通っていた方が合格しやすいということで,

 日本はどこまでも「教育」は「塾」がめんどうをみる国になっているようです。

 運動部とかサークル活動に精を出していた人たちは,皆さん企業に就職されていく。

 学校現場としては,本当にピンチ。

 昔は若いだけで期待されるのが当然だったのに,今では若くて部活の指導ができない人が増える恐怖に現場はおびえています。

 授業だけしていればすむ小学校や高校と,決定的に違う中学校。

 1日18時間以上働くことさえ苦にしないような中学校現場の教師でこんなブログをかいている暇人は私くらいなものかもしれませんから,

 本当の教育現場の声は社会には届きにくいのかもしれませんが・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 芸能人の「独立」問題 | トップページ | 私たちは,褒められたり叱られたりするから伸びるのではない! »

教育」カテゴリの記事

学校選択制」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

リーダーシップ」カテゴリの記事

学校評価」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

小中連携」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

生活指導」カテゴリの記事

『学び合い』」カテゴリの記事

アクティブ・ラーニング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「部活」でしか教育を語れない人:

« 芸能人の「独立」問題 | トップページ | 私たちは,褒められたり叱られたりするから伸びるのではない! »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より