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« 信長を呼び捨てにする秀吉と,「校長」と呼び捨てにする教員の共通点 | トップページ | 『学び合い』のねらいは全員対象のピグマリオン効果か? »

自分の身を守るための武器の携帯を許すことは,一人で多くの人間を殺害できる条件を与えることと同じ

 銃撃事件によって一般市民が犠牲になる可能性が高い国を挙げてみるとどうなるだろうか。

 なぜそれらの国では銃撃事件が起こりやすいのだろう。

 そのような条件ができてしまったのは,どんな歴史的経緯からだろうか。

 アメリカの場合は,南北戦争の時代にさかのぼってしまったりする。


 冒頭の問いは,一応,社会科の「学習課題」として成立はする。

 アクティブ・ラーニングを実践にうつそうとすると,小学校でもこのような「学習課題」はいくらでもつくれる。

 教室に新聞をおいておけば,毎日どれくらいの数の「学習課題」ができるだろうか。

 子どもが主体的に学ぶ環境を整えると,

 カリキュラムにしたがった授業など受けている暇はない。

 世の中ではありとあらゆる問題が毎日発生している。

 残念ながら教師は,「そういうことには目をつぶれ。今は,日本の自動車工業の話をしている」と言わなければならない。

 学校は子どもが本当に「主体的に学ぶ」場であるべきかどうか,本気で議論する必要はなかろう。

 学校に来なくても,「主体的に学ぶ」ことはいくらでもできるのである。

 何の話かわからなくなってしまった。

 タイトルをつけて書こうとした内容は,

 「世の中の安全・安心」を生み出す方法に対する日本とアメリカ・カナダなどとの考え方の違いを子どもにどう認識させるか,という課題についての考察だった。

 日本でもし,小学生が「私は日本でも銃所持を認める法律をつくるべきだ」と主張する子どもが出てきたら,どうするのだろうか,と考えている。

 教師から,子どもから,どんな評価が下されるのだろうか。

 圧倒的多数をしめるはずの反対派から集中砲火を浴びせさせるのか。

 教師が「訓戒」を行うのか。

 「道徳科」の先生にぜひお伺いしてみたい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より