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心のシャットダウンと再起動

 中学校教育にかかわり続けていると,徐々に子どもの問題行動の背景が見えるようになってきた。

 若いときは,「子どもに問題がある」

 少しすると,「親に問題がある」

 時間がたつと,「教師の側に問題がある」

 現場から離れると,「社会に問題がある」

 この順番でだいたい教師は気づいていく。


 大人に嫌悪感を抱いたり,自分を大きく見せたりする態度は,

 成長の過程でだれもが経験することである。

 なかには,そういう態度を一切許さない教師や親がいて,

 子どもの健全な成長が邪魔されるケースもある。


 子ども時代にしっかりとした「抵抗の痕跡」が残せるような育て方が理想だと実感するまでは,長い時間がかかるだろう。

 
 大人が子ども化しているという話は,ところどころで話題になる。

 たった1つの過ちが,「絶対に許せないこと」になってしまう大人がいる。

 「それで終わり」。

 もう心の声すら届かない。

 「心のシャットダウン」である。


 シャットダウンされた心を再起動させることが教師の新たな仕事になっている。

 もちろん,教育現場には,シャットダウンした相手との関係をシャットダウンする人間もいる。

 しかしこれでは教育の仕事を放棄したことと同じになってしまう。

 あきらめてはいけない。

 難しい仕事ではある。

 この仕事の最大の敵は,「問題を自分自身の中に見いだせないという障害」である。

 しかし,「自分に問題があること」が発見できなければ,この先その人は

 とてつもなく大きなトラブルに巻きこまれないとも限らない。

 いきなり我が子に刺し殺されてからでは遅いのである。


 相手を批判したら,「攻撃してきた」と言われた。

 じゃあ,もう批判しない。かかわらない。

 
 これでは教師などつとまらない。

 教育現場には不要な人間である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より