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« 試験問題を持ち帰る教師 | トップページ | 自分に害をもたらした「職業」の人間はみんな敵 »

教育管理職の悩みのタネ

 管理職を目指す人間が減っている。

 もはや,教員など経験せずに,管理職にだけなりたいという人間を別コースで採用しなければならない時代になるだろう。

 教育管理職にとって,最も手の焼けるのは,生徒が起こす問題ではなく,

 (問題行動などは,空気のように自然に発生するものである。問題を起こし,教師や親に叱られながら,子どもは成長していく)

 教員の服務事故である。

 セクハラ,体罰,飲酒運転など,問題は多岐にわたる。

 報道されている教員の問題は,氷山の一角に過ぎない。

 顔にあとがのこるような体罰はもちろん「教育的指導」とは呼べず,

 「傷害事件」として扱われるべきものである。

 教育委員会のコントロールも不能なのだろうか。

 ある校長は,教員の起こす問題を「事案」と表現していたが,

 こういう言葉づかいが親の怒りをさらに増幅する原因だと気づく感覚がないからこそ,

 ご丁寧に校名が入った正門まで全国ニュースに流されてしまう「有名校」になるのである。

 教師には異動があるが,転校しないほとんどの子ども,卒業生にとって,

 自分が在学している学校,卒業した学校が「事件」で報道されることは

 残念でならないだろう。

 
 教育委員会の事務局では,多発する教員の服務事故への対応に苦慮しているが,

 実名入りの服務事故報告をネットにUPするだけでは抑えになっていない。

 同じ時期にスマホで女性のスカートの中を盗撮し,懲戒免職になっている教員が複数名いたことには驚きである。

 校内の体罰ならともかく,予防のしようがない問題が多く発生している。

 管理職の指導監督力不足だと詰られて,減給処分を受け,テレビカメラの前で頭を下げる自分の姿に耐えられるような人間にしか勤まらない仕事なのか。

 20代,30代の服務事故も多発している。

 教員の質を上げるための施策が,国家運営上の優先事項になり得ない政治というのも悲しいものである。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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