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« 5W1Hは順序も大事 | トップページ | 考えることを「快楽」と脳に認識させる方法 »

教えることが快楽である教師にとって,アクティブ・ラーニングはつらい

 何時間でもおしゃべりできる人がいる。

 もちろん,無理をしてではない。

 おしゃべりすることが好きなのである。

 脳がそれを快楽と受け止めている間は,

 「疲れ」など知らない。

 
 教師の中には,この「おしゃべり」を得意とする者がいる。

 50分間しゃべり通しでも,全く疲れない。

 不幸なことに(実は幸せなことなのだが),

 1日6コマ全部埋まっている日ですら,

 しゃべり通して満足そうな顔をしていられる。


 子どもはけっこう忙しい。

 教師の話をメモしなければならない。


 ものすごい量の文字をノートに書くことになる。

 これが学力向上のわかりやすいかたちであることに,

 気づいていない人は多い。
 
 こういう教師の授業を受けて,高い成績を残す生徒が多ければ,

 保護者から批判を受けることもないだろう。

 
 だが,「アクティブ・ラーニング」の大切さに気づく人が増えてくると,

 「おしゃべり中心の授業」は居場所がなくなっていく。

 「教えること」=「教師が話すこと」だから教育の仕事がやりがいがある,

 と思っていた教師には,厳しい時代がやってくる。


 アクティブ・ラーニングでは,当然,教師の「おしゃべり」の時間が少なくなる。

 そうすると,「おしゃべり」で快楽を得ていた脳は,

 それを我慢しなければならなくなると,「苦痛」を訴え始めるようになる。


 私語を禁止されていたたまれなくなる子どもと,実はあまり違いはない。

 アクティブ・ラーニングは,学ぶこと自体に快楽を覚える子どもを増やす可能性がある。

  
 そこが実は,アクティブ・ラーニングの最大の落とし穴になる。

 どうして,「学ぶこと」が楽しんでできるようになるのに,「落とし穴」になるのか。

 
 今まで「基礎・基本」と呼ばれていたものが,

 アクティブ・ラーニングによっておろそかになるということに気づく研究者もやがて出てくるだろう。

 現場の教師なら,だれでも知っている。


 私の教え子の中に,意欲は非常に高い一方で,ろくに漢字が書けない子どもが多かった。

 小学校6年間の「成果」は非常に重い。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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