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「自己愛人間」と「自己愛性パーソナリティ障害」の違い

 自己肯定感が低いために問題行動を起こす子どもがいる一方で,

 「自己愛人間」あるいは「自己愛性パーソナリティ障害」になる疑いがある子どもも少なくない。

 精神科医の香山リカ氏が,エンブレム問題の佐野さんとSTAP細胞の小保方さんを例に,

 2つの違いをわかりやすく解説してくれていた。

 障害の方は,妄想を真実だと思い込むことに特徴があり,
 
 エリートの中にこういうタイプがいると,社会は迷惑することになるだろう。

 生活指導の場面では,教師たちが「激怒」しかねないやりとりがよく起こるが,
 
 障害に近いものを生徒が持っていることを知った上だと,少し落ち着いて話ができる。

 すぐに見えすいた嘘をつくくらいなら,目を見ればわかるから,生育歴の気の毒さに思いが寄せられるが,

 嘘をついている自覚が全く見られない子どももいる。

 真実とは違う何かを脳は真実として認識しているようで,

 目の前で多くの人に見られていることを,「私はしていない」と言い張るならまだしも,

 「やったのはあなたの方だ」と矛先を変える。

 当然,言われた方は激怒する。

 しかし,相手が激怒している「理由」がわからない。

 なかなか話がまとまらないのが「生活指導」という教師のお仕事である。

 自己愛性パーソナリティ障害は,成人期早期に始まるという。

 少々,メモを残しておく。

*******************

 キーワード  誇大妄想。賞賛されたいという欲求。共感の欠如。

○ 自己の重要性に関する誇大な感覚

  たいしたことをしていないのに,優れていると認められることを期待する。  

○ 自分は特別だという意識。自分を理解できるのは特別な人だけだ,と思い込む。

○ 過剰な賞賛を求める。

○ 自分に対して特別に有利な取り計らいをしてもらうことを期待する。理由もなく。

○ 自分自身の目的を達成するために他人を利用する。

○ 他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない。それに気づこうともしない。

○ よく他人に嫉妬する。他人が自分に嫉妬していると思い込む。

○ 尊大で倣慢な言葉づかいや,行動,態度をとる。

********************

 ああ,いるいる,という実感がわいてきますね。

 ブロガーの個人チェックリスト。 

○ 俺はこんなすごいものを持っている,知識もすごいぞ,と自慢したがる記事を書いていないか。

○ 自分で他人になりすました賞賛コメントを自分のブログに入れていないか。

○ 子どものためといいながら身勝手な教育をして,自分の実践の成果だと書いていないか。

○ 人気のある記事,人気の高い先生に嫉妬し,何でもかんでも非難するような記事を書いていないか。

○ 相手を批判するときに,人格攻撃に走っていないか。「頭がおかしい」などと他人に向けて書いていないか。

○ ブログのタイトルとは全く異なる趣旨の記事ばかりを書いていないか。

○ 自分がバカにされていると気づこうとしないまま,上記のようなことを続けていないか。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より