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教科書に載せたい「議論し合える組織」の大切さ

 道徳科の教科書にぜひ採用してほしい話がある。

 田原総一朗氏が週刊朝日に寄稿した自民党・民主党批判の話である。

 結論から言うと,趣旨は次のようなものである。

 組織は,短期的な視点で自分たちを守るために組織内の議論,反論を封じることがあるが,

 長期的に見るとそれは組織を,さらには国を劣化させる原因となる。
 
 主語を「組織」としたのは,日本では必ずしもリーダーがそうさせるというより,

 空気を読んで組織のメンバーが自らそういう態度をとることがあるから,「リーダーが」とはしなかった。

 そもそも「民主主義とは何か」を考えるきっかけにもなる。

 学級内で意見がまとまらなかったとき,最終的には多数派の考えに少数派が屈服しなければならない場合がある。

 当然,少数派が納得できないままだと,学級の雰囲気は悪くなり,効率が低下し,パフォーマンスが落ちていく。

 多数派が少数派を納得させる説明をできるようになったり,少数派の意見を一部は取り入れたりすることによって,よりよい組織として成長していけることを教えるのが学校教育である。

 こうした「成長する組織」と対極にあると思われるのが,田原総一朗氏が紹介している

 安保法制に代表される両政党の態度である。

 民主党では,対案が考えられていたようだが,党内での対立を避けるために,

 ただの「自民党への反対」ということでまとめたらしい。

 自民党では,党のOBは反対しているが,内部で「反対派がいる」という話を聞いたことがない。

 「民主主義の劣化」は,短期的な視点で一部の組織全体を守ろうとすることで,

 国全体の利益が損なわれる結果に陥る危機を予測しているわけである。

 戦前の日本でも,政党政治が機能していた時期は,軍事費をある程度は抑制できていた。

 しかし,「わが国の利益」より「わが党の利益」を優先させるようになり,1930年代を迎えていく。

 海軍と陸軍の関係は,もっと前から「わが軍の利益」が大事だったようだ。


 「わが党の未来」ではなく,「わが国の未来」を語れる国会議員が政党内に必要である。

 今は,企業と同じように,トップの判断に身を委ねる組織に「政党」が陥っている。

 田原氏はかつて自民が旧ソ連や中国を「独裁」として批判していたが,今は自分たちがそうなっている,と指摘している。

 その背景として,

>衆院の選挙制度が小選挙区制に変わり,執行部が推薦する人物しか立候補できなくなったため,反主流派,非主流派がなくなってしまった

 ことを指摘している。

 また,総裁戦のタイミングでは,

>かつての自民党ならば複数の議員が出馬して,それぞれの自民党論を打ち上げて競うのが通常のパターンだった。そのことで,国民は自民党の議員の発想の広さを知ることができた

 と言う。今は総裁への忠誠心のあかしの方が大切になってしまったのかと。

 すぐお隣の国にも似てきているのか。


 もちろん検定のある教科書に政党批判の話が載ることはない。

 しかし「組織内での議論の大切さ」は最も重視すべき価値として示してもらいたい。


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  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
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