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自分ができないこと,失敗したものは,すべて「悪」?

 自分ができなかったこと,失敗したことを,すべて「そもそも良くないこと」として処理し,

 責任から逃れようとしたり,自分の精神の崩壊から免れようとする人間がいる。

 これが恋愛とか,結婚とか,個人的なことであれば,その人個人の問題で終わりとなるが,

 社会の多くの人たちがかかわるものが対象となると,

 負け惜しみとしかとれなくなることに気づいてほしい。


 絵画のコンクールに出品して,賞がとれなかったことに憤慨し,

 選考委員を侮辱するような言葉を投げかける人もいるのだろう。

 賞を逃したことに顔を歪める人間の姿など,想像もしたくない。

 人間の醜さの象徴である。


 「受験勉強」が悪という考え方は,わからないでもないが,

 繰り返し申し上げて恐縮ながら,たとえば東大の入試問題に対応しようとする受験勉強は,

 とても意義があるものと考えている。

 中高一貫校の適性検査問題に対応するための勉強も同様に,決して無駄になるとは思えない。


 だからコンクールで賞をねらうことが一律よくないものだとか,

 受験勉強は悪だとか,まるまるすべてをひっくるめて否定してしまうような発言は,

 あまりにレベルの低いコンクールなり受験を経験したことの悲劇的結末としてしか受け止められなくなってしまう。

 
 あとから自分の勝手な理屈をつけても,優れたコンクールで入賞した人たちの輝かしい

 未来や,受験勉強を突破し,志望校で一層の勉学に励む数多くの成功者たちから

 目を背けているとしか思われないのである。


 大学の先生の紹介でハーバード大に留学することに決まった教え子が,高校に成績証明書を取りに来た帰りに立ち寄ってくれた。

 同じ大学への合格を目指す生徒を鍛える塾の講師の仕事はとりあえずやめることになったという。

 この塾に通っている中高生にとっては,学習そのものはもちろんだが,「優れた先輩」に接する時間をもてるだけでも幸せだと私は考えている。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より