教育方針の逆・二極分化が進む
世界の教育トレンドが,東アジアの『詰め込み型』と欧米型の『考える型』に二極分化している話を読書編でご紹介しました。
あいまい文化の日本では,どちらかに舵をきることはなく,教育改革はいつも中途半端で終わっていく。中途半端であるからこそ,何も変えない方がよかったかもしれない,という後悔を常に生んできたのが学校現場です。
「ゆとり教育」がキーワードになったころ,総合的な学習の時間が「目玉」として登場し,当然のことながら,「主体的に学ぶ力の育成」に力が入れられるようになったわけでした。
しかし,教科の授業時間を削減しただけでなく,週5日制にしたために,総授業時数も大きく減らされてしまいました。
所得が高い家庭を中心として,塾などの教育産業への支出を増やし,「穴埋め」に努めた結果,「学力格差」が開いていくこととなったのと同時に,下位層に引きずられるかたちで学校全体の学力も低下してきました。
小学校での教師の大量退職,大量採用の時代が訪れ,学校の指導力の低下が危ぶまれるようになり,さらなる学力低下が心配されたことで,教育内容が増やされ,授業時数が増加するようになりましたが,それに加えてアクティブ・ラーニングが求められるようになったことで,現場は頭を痛めています。
こうした変化の影響をほとんど受けなかったのが私立の一貫校で,中学校の内容はとばして中学生から高校の内容を学習するような『詰め込み型』の教育を継続し,受験競争に勝てる子どもを送り出し続けてきました。
日本では,今後,『詰め込み型』という形式をとってでも基礎を固めなければならない時期に『考える型』の教育がなされ,『考える型』の教育をすべきときに『詰め込み型』を行わせられる,そういう子どもが増えていくことが予想されます。
これがタイトルの「逆・二極分化」の意味です。
二極分化ですら,よくない傾向であるのに,さらにそれぞれの方向性が,効果の薄い方に偏っていく,こういう「逆方向」への移行が現場レベルでは進行していくと思われます。
洋服の場合は,ボタンのかけ違いに気づいたときに,かけ直すことができますが,
時間が戻せない教育の場合,ボタンのかけ違いは失敗の致命的な原因になります。
アメリカの大学で中退率が高い理由の一つに,このボタンのかけ違いがあることは明らかでしょう。
韓国で大卒の就職率が低い理由は,そもそもボタンが飾りにすぎないことにあるのでしょう。
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