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だまってパクっている人を見つけてみて!~アクティブ・ラーニング~

 思考力の育成に目が向かうようになっている学校現場ではあるが,

 子どもたちが学校に買わされている教材をざっとながめてみてほしい。

 「思考力」が身につけられそうな教材がどのくらいあるだろうか。

 ドリル系のものは,どう見ても「数をこなして身につける」「書いて覚える」タイプのものが多く,

 実際の授業でも,あるいは定期テストでも,実際にはどうやって子どもが評価されているかは,

 ここで指摘するまでもない。「勉強」のイメージが変わらない限り,「知識重視」はゆらぎそうにない。
 
 まだまだ学校は「覚えさせること」にすら四苦八苦している状況にあるのだ。


 それでも学校,教育委員会から,「研究!研修!」と尻をたたかれる。

 毎年開かれるのが当たり前になっている地域の「研究会」などは,とにかく「はやり」のものを取り入れないと「研究した気にならない」というおそまつな発想に陥っている。

 だからアクティブ・ラーニングなどという「流行文句」を「ひっかける」常套手段として用いて,関心をひいたり,客寄せしたり,何だか新しいことをしているような気になったりする。

 
 紹介された実践が本当にアクティブ・ラーニングの名にふさわしいかどうかは,

 どれだけ子どもが「脳みそから汗をかく」ような実感がもてているかで判断できよう。


 さて,教育界では,人の実践をパクることなど,いつでも起こりうる。

 さすがに大学の先生は引用元を明かしてくれるだろうが,だまって自分のアイデアのように発表する人たちを監視する人がいないので,出版社は気をつけておくべきだろう。


 小中高におけるアクティブ・ラーニングの実践について,私が最も参考になると思っている本は,

 少し前に出版された「Making Thinking Visible」である。

 この翻訳が今年の9月に出版された。

 『子どもの思考が見える 21のルーチン』(北大路書房)は小中高,どの校種のどの教科の教師が読んでも,

 授業でアクティブ・ラーニングらしきものをする上で,参考になる。

 (ただし,翻訳本は,訳語にちょっと難があるものが気になる。「4つの方位」が何を示すか想像できる人はいないだろう。)

 
 原書を読んでいるであろう人が,第1章の言い回しなどをすでにいくつか自分の本などにパクっていることを発見した。

 もちろん,「そんなこと,俺は昔から知っていた」と白を切ることはできるだろう。

 私自身も読んでいて,全く同じことを感じていたし,すでに文章にしているものもあった。


 参考文献に「Making Thinking Visible」が載せられていないパクリ本を,どこかで紹介しておきたい。


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コメント

コメントありがとうございました。記事の方で,お答えしています。

思考ルーチンの訳語をあてるのは,至難の業でした。特に「4つの方位」は,原語のままでも意味がわからないだろうことが想定され,他に方法がなくああなったという経緯があります。「4Cs」のように,まったくちがうものに変えてしまうということも考えましたが,その後の解説からは方角が必要なのです。妥協の産物です。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より