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1億総活躍社会・・・「高齢者」概念の廃止?

 中学生に「1億総活躍社会」と聞いて,どんなイメージが浮かぶか聞いてみた。

 「全校生徒が活躍できる学校づくり」などは生徒会役員選挙に立候補する生徒がスローガンに掲げそうなフレーズだが,「1億火の玉」・・・ではなく「1億総活躍」とは,ずいぶんスケールが大きな話である。

 ある生徒は,「高齢者」という概念はなくし,「定年制」も廃止,と主張。

 働けるだけ働いてもらう。

 若い人が就職できなくなるのでは?という質問には・・・

 人口が減っていくのだから,代わりに働く人が必ず必要になる,とのこと。

 人口が1億人に減少したときには,とにかく1億人全員が活躍できないといけない・・・?

 ここで一言。

 このスローガンは,寝たきりの人とか,介護が必要な人にとってはつらい言葉ではないか。

 まるでそんな人は存在してはいけないみたいな。

 One for All と同じで,全体主義的な香りはしないか。

 すぐに「1億火の玉」というスローガンを思い浮かべてしまった人が多いと思われるのは,

 日本の歴史を学んだから・・・・。

 担当大臣が選ばれるらしい。

 1人で10人分の活躍をするとかいう話なら,わからないでもない。

 教師なら,「1人で3人分は働いてくれている」と褒められた(おだてられた)経験をもっているものである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より