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「もったいない」のは日本人そのものだった?

 「もったいない」・・・ワンガリ・マータイさんが国連での環境に関する演説で紹介してくれた日本語である。
 
 リサイクルというとドイツが有名だが,日本も負けてはいない。

 物に感謝し,大切にする。そして無駄を出さない。

 この言葉は,能力は高いのに実力を発揮できない状態も表すことができる。

 学力の面で言えば,「記述問題に弱い」とされる日本人の力である。

 グローバル社会においては,能力が低い割に,しゃべることはご立派,というのが大事なようだが,日本人はまだそういう人を

 「舌先三寸」

 の人間と見て,軽蔑する傾向がある。

 こうしたブログのように面と向かわない相手を文字で攻撃することは得意でも,

 いざ本人の前に出ると,何も表現できなくなってしまう。

 ビジネスの世界でも,能力は高いのにうまく相手に意図が伝わらないとか,

 そもそも高い能力を発揮したりさらに伸ばしたりする方法がわからない,という悩みがあるようである。

 
 
 こうした「もったいない」人間が多くなってしまう原因は何かと考えると,まず思いつくのが

 日本における「言葉」の授業の在り方である。

 「国語」と「英語」。

 この2つの「言葉」の授業では,だれかが書いた文章から「読み取ること」が中心になっている。

 授業では,書いてあることを読むことや読み取ったことを発表することが中心で,「自分の考え」を述べる機会はほとんどないと言ってよいだろう。

 「言葉」の授業でそのような習慣を6年なり12年にわたって繰り返していれば,「相手のことを理解する」ことしか頭にない人が増えるのは当然である。

 日本人は,「自分の主張をする」前に,まずは「相手のことを理解する」ことが優先する傾向があり,おそらく道徳教育でもそこに重点が置かれているだろう。

 ビジネスの世界では,「自分の考えを相手に伝える」ことが最優先で,場合によっては相手のことを理解したり,相手に理解させることは二の次になっていく。

 そういう世界に生きる人間を育てるのにぴったりした教育をしている国も少なくない。

 もちろんバランス感覚が大事なのは当然だが,バランスを最重視しようとしている国は,どんどん相手の主張を受け入れざるを得なくなり,国益は失われていく方が多くなるだろう。

 それでも「バランス感覚が価値の最上位であり続けるべき」というのなら,そういう意識を相手に持たせるほどの影響力をもつには,どうしたらよいかを考えなければならない。

 グローバル社会のスタンダードは,「影響力」とは「自分の主張が無理にでも通せる力」と同じ意味である。

 パクリで稼ぎながら教育ブログで自画自賛系の発言をする人たちを,嗤っていられる余裕はない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より