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学校における「線状降水帯」

 各公立学校では,「荒れの歴史」が語り継がれているだろうか。

 異動が多い学校だと,数年前の学校の様子さえわからない人だらけという場合もあろう。

 地域に住んでいらっしゃる方々には,鮮明に各時期の「荒れ」が記憶されているかもしれない。

 学校の「荒れ」は,個人プレーでは収まらない。

 教員集団の望ましい「習慣」が「荒れ」を防止したり抑止したりする最大の武器である。

 ●時間を守る
 
 ●あいさつをする

 ●はっきりとした返事をする

 まるで中学生に求めるような「習慣」だが,意外と教師ができていない学校があり,

 そういう学校はすでに荒れているか,その時は荒れていなくても,いずれ近いうちに荒れ出すだろう。

 

 次々と積乱雲が発生し,強い雨が続く「線状降水帯」が関東地方や東北地方を襲い,堤防が決壊するなどの災害となった。

 農作物の被害も大きい。

 不謹慎なようで恐縮だが,「線状降水帯」からは学校で連続的に発生する問題行動群を連想してしまった。

 大雨を降らせている原因になるものは,少し離れたところにある。

 残念ながら,大雨が降っている場所に教師の力を集中せざるを得ないような学校に私はいた。

 本来は,もっと広い範囲で教師は子どもを守るべきである。

 大問題のように見えることは実は子どもがただわがままで騒いでいるだけにすぎず,

 本当の危機は静かなところに潜んでいることを教師は忘れてはならない。

 
 被災者,被害者は少しでも多く,少しでも早く,救わなくてはならないが,

 本当の危機を意識すべき人はもっとたくさんいる。


 「線状降水帯」の両脇は,晴れていたりする。

 川の流れの向きにもよるが,自分たちを包みこむ「環境」の範囲をどこまでで想定しておくか。

 
 日本列島までか。東アジア全体か。地球規模か。

 足もとに見えていないものがないかどうか,

 足もとしか見えていないかどうかを,もう一度確認しておきたい。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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