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外からは見えにくい「グループ内『いじめ』」

 支持者が多い,ある組織を思い浮かべていただきたい。

 その組織のトップが,支持者が少ないある提案をしたとする。

 支持者が少ないことは,組織内の人間でもわかる。

 こういう状況の中で,どれくらいの人が,

 「それはおかしいのではないか」という声を上げることができるのだろうか。

 「組織のことを考えているのか」

 「組織から抜けたいのか」

 「組織内の混乱を招くようなことをなぜするのか」

 いろいろな声が組織内からは聞こえてくると思われる。

 逆に,組織の外から声をかけられたときは,どうするのか。

 「本当にそれでいいと思っているのか」

 ・・・・はっきりと「はい」と言えるのか。

 日本に限った話ではないかもしれないが,

 様々な意見の人が集まっている場では,「個人の意見が尊重される」かのようなふるまいができても,

 同じ意見の人が集まってできる組織のなかで,「個人の意見」は本当に尊重されているのだろうか。

 『いじめ』には,とても見えにくいものがある。

 いつも一緒に行動しているグループの中の『いじめ』は,特に見えにくい。

 グループ内では,『いじめ』はないことにされる。

 『いじめ』が実際に起こっていなかったときも,それは強力な「自己犠牲」「自己抑制」「自主規制」によるものかもしれない。

 「自主規制」と呼ばれる行動が,真の意味で「自主的な行動」と言えるかどうかは,

 一定の見識のある人間なら見破れるはずである。

 政治の世界についても。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より