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子どものまま中年化する若者たち(その3)~フラットな世界の罠

 最近では,親や先生,先輩後輩だけでなく,習い事やお稽古事の世界でも,

 「お友達感覚」で付き合う関係が増えているという。

 インターネットを通してのやりとりが普及していることが,この流れを後押ししているらしい。

 心の中の対人関係から縦構造が消えることに大いなる危惧を抱いている人に内田樹らがいる。

 「上から目線的な語り口」でも,相当の人気があるということは,
 
 フラット化の流れに逆らおうとする勢力も死んではいないという証拠だろう。

 私はフラットな世界にいた記憶がないから,その弊害はよくわからない。

 小学校7年生の無礼なふるまいは初対面から秒殺されるので,そういう人間が身近にいない。

 しかし,お世話になっていた訪問先の職人さんを生徒の引率時に怒らせた教育実習生が出現するに到り,

 私の方ではその怒りのぶつけどころに戸惑った経験はある。

 本人のせいか。大学のせいか。本人が教育を受けた家庭のせいか。

 教育実習生は,とりあえず指導する教師の前ではおとなしくしているが,

 一歩学校の外に出てしまうと,「任せておくことができない」レベルになっている。

 儒教とか,道徳というレベルとは全く別の,当たり前の人としてのふるまいや言動は,どうやったら育つのか。

 教育できない人間が親になっている,というのはそれこそ歴史はじまって以来,そういう面もあろう。

 教育のための宝物を失いかねない危機に直面しているが,今は,失敗事例を紹介続けるという方法しか思い浮かばない。

 「私もそれをやりかねない」という大学生が一人もいないことが今のせめてもの救いである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より