ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« レジリエンスは学校教育で鍛えられている | トップページ | 高校と模擬テスト業者の癒着と学校の「遊び場化」 »

プライバシー丸出しの応募作品

 夏休みの自由課題で,旅行記を提出する生徒が毎年多数いるが,

 作品を見てみると,家族のプライバシーが丸出しになっているものがある。

 私は税や生命保険などの作文の審査員を務めたことがあるが,

 賞を狙ってくる生徒の作品は,やはり個人のプライバシー丸出しである。

 保護者はこの作品に目を通しているのか,どうか。

 仮に賞を取ったとすると,作品は公開されることになる。

 だれがどのような病気にかかったとか,どんな事故を起こしたとかいう話が,

 保護者の知らないうちに公開されていたなんてことにならないよう,

 教師は十分に配慮すべきである。

 教師というのは,子どもを通してその家族の「弱み」を知ってしまうことにもなる,

 おそろしい職業である。

 子どもの成績だけをとっても相当に重要な情報を管理する立場にある。

 親の立場としては,子どもが学校でどんなタイトルの作文を書かされているか,

 チェックしなければならないと思うほどの危険な匂いを感じるのが「道徳」である。

 「親の教育がなっていないから,学校でこんな態度でいる,こんなこともできないのだ」

 という認識の教師も少なからずいる。

 いつの間にかプライバシーが侵害されていないかどうか,

 保護者側がチェックできる機能を学校は整えるべきだろう。

 
 【追記】 いまどきの親もおそろしい。

  家に遊びに来た子どもの友達から,家族構成などをいろいろ聞き出して,

  会話のネタにする親もいる。LINEでいつの間にか父親が単身赴任でいないとか,

  母親が夜遅くまでのバイトをしているとか,そんな話が流されたりしていないか,

  アンテナを立てておく必要もある。

   子どもには,家庭の教育として,教師も含めて他人に語ってよいこと,

  語ってはならないことの区別ができるようにさせておきたい。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ 

« レジリエンスは学校教育で鍛えられている | トップページ | 高校と模擬テスト業者の癒着と学校の「遊び場化」 »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

いじめ問題」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

小中連携」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

生活指導」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: プライバシー丸出しの応募作品:

« レジリエンスは学校教育で鍛えられている | トップページ | 高校と模擬テスト業者の癒着と学校の「遊び場化」 »

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より