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2社の教科書で学ぶ社会科~大阪市教委の教科書採択~

 来春から使用される教科書の採択結果が次々に発表されている。

 教科書会社にとっては,固唾をのんで見守るニュースになっているのだろう。

 平成28年度から4年間使われる教科書が決まっているのだ。

 大阪市教委が発表した社会科の歴史と公民の教科書採択については,

 これから決定が予定されている他の自治体にも影響を与えていくだろうか。

 ちょっと変わったことが検討されることとなった。

 歴史も公民も,育鵬社版を採択したのだが,次点で採択されなかった教科書を副読本として使うという案が出されたのである。

 副読本になりそうなのは,歴史は帝国書院,公民は日本文教出版の教科書である。

 
 課題がいくつか考えられる。

 さすがに同じ教科・分野の教科書2冊目は独自の予算を組まないと保護者負担になってしまう。

 教師によっては「副読本の方を主にして学習した方がやりやすい」などということにもなりかねない。

 子どもにとっても「2冊勉強しないといけないのか」と負担感を訴える人たちが出てくるだろう。


 ただ,今回の提案がもし決定されると,

 「多面的・多角的な見方や考え方を養う」という趣旨から,2社の教科書を見比べながら学習するという,

 非常に斬新というか学習の効果が相当に期待できそうな政策になるとも言える。


 育鵬社版といえば,自由社とともに自民党が推奨している教科書である。

 他方が野党推薦,というわけではないが,「バランス感覚重視」という観点から考えれば,

 財政負担はかかるとはいえ,とても優れた決定のようにも見える。

 下村文科大臣も評価しているとのコメントを出しているようだ。


 ちなみに,横浜市では,歴史教科書は育鵬社と帝国書院の投票結果が3対3となり,結果,教育長が育鵬社を選んで決着したようである。

 素人が見れば,「政治がらみだな」ということがよくわかる。

 教科書の勢力図が大きく変化することに,抵抗感をおぼえる人も少ない時代になったとしたら,

 時代の大きな転換点になっていくのかもしれない。
 
 教科書はどのような基準をもとに選ばれているのか,各自治体の議事録などからその様子をうかがい知ることもできるだろう。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より