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ジャーナリストの命は「取材」にあり~池上彰さんのこだわり

 池上彰さんの「高校野球史解説」で,インタビュー内容紹介の時間枠をポカで使い果たしてしまって放映ができなかったために,取材相手に対する謝罪が行われたのか,という予想を記事にしたわけですが,

 ふり返って考えると,これは池上さんの「仕事への向き合い方」を番組スタッフはもちろん,視聴者にも(取材相手にはもちろんですが)伝えようとした行為だったのでは,というのが頭に浮かんだイメージでした。

 私自身,新聞記者に取材をされた経験がありますが,私の口から発したことはほとんど書かれず,言ってもいないことが大きな文字で示されていました。そのとき,新聞は,記者が書きたいことを書くメディアだ,というだれかの話を思い出しました。

 新聞に限らず,テレビ番組でも,取材された内容がすべてオモテに出されるとは限りません。

 多くの良質なニュースが「お蔵入り」しています。

 特に,大きな事件が起こって世間の注目が集まってしまっているときなどは,

 そちらの記事を埋めるために紙面が無駄遣いされてしまう。

 どこの会社の記事を読んでも同じような内容でも,読者はそれを期待してしまう。


 そんなことが頭をよぎりながら,実は池上さんはポカをしたわけではなくて,・・・・

 事前の打ち合わせで尺が足りずに削除されたVTRであることは分かっていたのに,

 実際には自分がポカをしたことにして,

 「取材内容が放映できなくて申し訳ない」という態度を示したのではないか,

 と思えてきたのです。

 
 実際には,GHQの人からボールを渡された方は,どんな印象を抱いたのか,

 聞いてみたかった話でした。

 まさか,その内容が書かれた本がまもなく出版される,なんてことになっていたら・・・・

 
 そういう「惹きつけ方」もなしではないような気もしますが・・・。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より