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問題発生→教員非難→モティベーションダウン→問題発生の悪循環

 岩手のいじめ自殺のような子どもの不幸が報道されると,

 「いったいどんな学校なんだ!」
 
 「教師たちはどれほど能なしなんだ!」

 などという非難が集中します。

 実際にご不幸があった学校ではどうなのでしょう。

 残っている生徒は「加害者」「傍観者」「その他」です。

 保護者たちは,どのような反応をしているのでしょう。

 教師たちは,新聞を読まず,テレビを見ず,スマホをいじらなければ,

 自分たちが何をどう言われているか知らないまま,

 仕事が続けられます。

 しかし,「ニュースを見る」勇気もそうですが,
 
 「ニュースを見ない」勇気は相当なものです。

 たいてい,「見てしまう」「聞いてしまう」ことになるでしょう。

 今の公立学校で,このような非難にさらされて,

 俄然学校の取り組み強化に意欲を燃やし,指導の改善や充実に燃える教師はどのくらいいるでしょう。

 タイトルに書いたような悪循環に陥るところが多いのではないでしょうか。

 そのうち,「問題をなかったことにする」という最悪の「負のループからの離脱」を図ろうとする学校もでてきます。

 そういう悪循環の結果が,今回のような不幸を招かないように,何かを変えなければなりません。

 報道のあり方にも,変化が出てきてもよいかもしれません。

 「報道」から「報導」へ。

 学校の「道徳」も,「導徳」へ。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より