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「かまってあげる」ことによる非行の防止とその限界

 奥さんが出稼ぎ先への出発時に見送りをしてくれなかったことが,放火の原因だったと今朝のラジオで耳にした記憶があります。

 このニュースを耳にして,まず頭をよぎったのが,

 「では,かまってもらっていたら,問題は起こらなかったのか」

 ということです。

 私は決してそうは思いません。

 よくある話ですが,荒れた学校の中に,先生方が

 問題行動を繰り返す子どもたちを「かまってあげている」ところがあります。

 「かまってくれない」ことを理由に問題を起こすと考えているからで,

 問題の発生を防止する手段として,普段から

 「かまってあげる」「気にかけてあげる」態度をとってしまう。

 しかし,これは誤った指導です。

 そういう態度で生徒に接している先生がいる間は,「荒れ」は解消しません。

 問題行動を起こしている生徒と教師の「馴れ合い」の図式が,

 本来,学校で力を発揮すべき優れた生徒たちの「やる気」をそぎ,

 「活躍の場」を奪ってしまうという弊害もあります。

 「普段はどうしようもないやつだけど,運動会のときだけ張り切ってくれる」

 なんてことを理由に,ろくに練習に参加しない生徒がリーダーになることを認めてしまうような腐った学校では,絶対に「荒れ」はなくなりません。

 問題行動を起こす子どもに「かまってあげる」ことは,一切しない。

 問題行動を起こした場合は,毅然とした態度をとり,十分な時間を割いて反省を促す機会とする。
 
 こういう生活指導の基本が通用しない学校では,

 中3になっても「赤ちゃん」がいなくならず,そのまま乳児を高校に送り出すことになる。

 「子殺し」の親に情状酌量の余地はありません。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より