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『いじめ』に関する聞き取り調査の難しさ

 『いじめ』の全容を知ろうとして,教師たちは必死に情報を集めようとしますが,

 そこにはいくつかの大きな壁が立ちはだかっています。

 『いじめ』の全貌理解が困難であるのは,

 子どもたちが本当のことを言うとは限らないためです。

 その理由を列挙しておきます。

1 口止めやおどしを受けているため

2 「チクリ魔」などというあだ名をつけられ,『いじめ』られたくないため

3 友達をかばうため

4 以前に自分をかばってくれた友達への「返礼」として

5 自分に都合の悪いことは言わないため

6 親に対して「よい子」のままでいたい願望が強いため

7 嘘をつくのが癖になっているため

8 もともと憎い相手を陥れたいため

9 陥れられた相手に復讐するため

10 子どもたちで口裏合わせをしているため

11 嘘をついているつもりはないが,自分の想像や他人からの伝聞を真実と思い込んでいるため

12 記憶があいまいなため

 これらは複合的に作用している場合も多く,真実を見極めることはとても困難です。

 教師ではなく,たとえ「取り調べ」のプロである警察官が聞き取りをしても,「嘘がばれにくい」ことを理由にさらに真実から遠ざかる可能性もあります。

 ここに保護者がからんでくると,さらに真実はつかみにくくなります。

 保護者は,基本的に自分の子どもを守るスタンスにつきやすいため,

 混乱を極める場合があります。

 基本的には,当事者たちの言葉なり態度なりから「想像」するしかないというのが現状です。

 少なくとも,伝聞なのか,直接見たり聞いたりしたのかの区別はつけなければなりません。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より