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「勉強やよい行いは,褒められるためにすること」と思わせる小学校教育

 このブログでは何度もふれているが,小学校教師向けの本の中には,

 「こうすれば子どもがやる気になる」系のものが多く,

 「その場がよければそれでよい」系の教師が飛びつき,

 稚拙な教育を繰り返した結果,

 「トンデモ小学校7年生」が量産されることになる悲劇が後を絶たない。

 「褒めればやる気になる」のは人間として当たり前だが,

 ろくな授業をしていないと,子どもによっては,

 「褒められるために勉強する」という頭になっていく。

 言い方を変えた方がもっとわかりやすいかもしれない。

 「褒めてあげさせるために勉強する」というパターンもある。

 「褒める」という行為は手段なのか。目的なのか。

 「勉強する」という行為は手段なのか。目的なのか。

 「せっかく発言してあげたのに,褒めてくれないなんて」

 「せっかくよいことをしたのに,褒めてくれないなんて」

 ・・・・こういう子は,発言も良い行いも勉強もしなくなっていく。

 早い話が,勉強ができない子どもにこういう傾向が強い。

 小学校の教室の風景は容易に想像がつく。

 教師は,勉強ができない子どものご機嫌をとるために,

 褒めたりなだめたり甘やかしたりして,授業を妨害させないように

 「無害化」させていただけなのだ。

 もっとずる賢い教師は,できる子どもの優越感を満足させるために,

 できない子どもの発言を最初に取り上げてから授業を展開させていく。
 
 できない子どもが変容したことを全員で実感できるような授業なら問題ないのだが,

 できない子どもはできないまま放置される。

 放置されても,「よく発言する」という理由だけで,それなりの評価を

 受けて卒業してしまうと,子どもは自分の勘違いを中学校で初めて知ることになる。

 こういう悲劇を繰り返さないためには,小学校で事実をしっかり知る習慣を子どもに持たせることが重要である。

 中1ギャップの前に,小4ギャップとか,小5ギャップとか,小6ギャップがないのがおかしなことである。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より