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アクティブ・ラーニングの道徳授業で『いじめ』は絶対に扱ってはならない

 『学び合い』やアクティブ・ラーニングが,いじめの温床になっていく可能性を示唆するために,

 これから私のブログでは,いじめを『いじめ』と表記することとする。

 よほど学級の人間関係を掌握し,だれが何を考えているのか,寸分違わぬ生徒理解をしているのなら,

 『いじめ』をしている人間を「罠にはめる」ことができるので,実践してもかまわない。

 しかし,普通の教師が道徳で『いじめ』を扱う・・・・しかも,ロールプレイングなどを行わせると,どうなるのか。

 子どもは『いじめ』の場面を喜々として演じるだろう。

 その場面を見ているだけで,教室から出て行きたくなるような子どもの心を想像することはできるだろうか。

 昔話のような,単純な勧善懲悪の発想で,『いじめ』が撲滅できると思ったら大間違いである。

 『いじめ』の発生メカニズムは,非常に複雑である。

 中学校1年生で起こる『いじめ』の原因が,小学校低学年のいざこざにある場合もある。

 さすがに小中連携がうまくいっている学校でも,中学校の教師に小学校低学年のときの問題が報告されることはない。

 なぜわかるかというと,問題が起こって,個別の面談をしているときに,子どもや保護者から耳にすることになるからである。

 道徳授業での『いじめ』の扱いは,とても慎重に行うべきである。

 なぜなら,今その教室で,実際に『いじめ』が進行しているかもしれないから。

 『いじめ』は,基本的には教師に絶対に気づかれないように行う。

 背後で脅しがかかっており,教師に本人がチクらないことを前提として行われている『いじめ』もある。

 こういう環境の中で行われる『いじめ』のアクティブ・ラーニングは,『いじめ』を受けている生徒にとっては地獄そのものである。

 単細胞の人間は「感動させれば何とかなる」と思っているかもしれないが,

 人間の心が,100万本のバラを贈られて単純にだまされる程度のものだと達観しているのなら,

 「感動は危険だ」という大切なリスクコントロール能力を身につけさせるという趣旨で,

 新しい道徳授業を築いていかなければならない。
 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より