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人気ブログにケチをつけるということは・・・

 人気ブログだからといってケチをつけるということは,本人が自分で指摘している事例と同じように,

 自分のブログが人気を集めないことへの不満の裏返しなのだろう。

 要するにひがみである。

 ブログ村の利用規約では,多数の利用者に不快な印象を与える挑発的・好戦的な投稿や行為は禁止されている。

 ではこのブログはどうなのかと言われれば,それは「利用者」の受け止め方次第だろうから,何とも言えない。

 政治問題と比べると,教育問題は低レベルの「戦い」と思われるかもしれないが,

 未来の日本のあり方を危惧する点においては同じだろう。

 「思考停止」という言葉がよく使われるが,

 自分の文章ではなく,他人の文章にケチをつけるだけでなく,

 「このように書くべきだ」というご注文をつけられる態度はご立派である。

 世間ではこれを「厚顔無恥」と呼ぶこともあるが,それにお構いなしでどんどん自分の言葉を発信できる日本はとてもよい国だ。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より