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だれが言うかが重要

 生徒に指導のための言葉が入っていかない・・・・つまり指導が指導になっていない状況を,多かれ少なかれ,教師になると経験します。

 どうして生徒はこの先生の言葉なら耳を貸そうとするのか・・・その理由を知りたいけれど,直接聞くわけにもいかない・・・・そんな悩みを抱えているであろう方が,このブログを訪問されているようです。

 生活指導を試合にたとえるのは不謹慎かもしれませんが,教師としての自分と生徒とのやりとりを,試合のどのような場面と位置付けるでしょうか。

 長いペナントレースのうちの1試合の,初回の攻防ととるのか,

 1回で決まるじゃんけんのようなものととるのか。

 極端な例ですが,教師はたった1打席しかない場面で勝負をかける代打専門の選手ではありません。

 何度も何度も正面から向き合い続けなければなりません。

 中学校なら,3年間。

 ペナントレースの3倍以上です。

 生活指導に限らず,「だれが言うかが重要」という格言?があります。

 全く同じ言葉をかけるにしても,だれが言うかによって子どもの反応は全く違ったものになることがある。

 「こんな言葉をかけてみたら」というアドバイスを聞いて,使ってみるような状況では,

 子どもの鋭い目に見透かされて,ますます信用を失うことになるでしょう。

 「正しい言葉」でも,「だれが言うか」によって,意味や受け止められ方が,180度異なってしまう場合がある,それほど「人」の価値が高いのが,教育という世界です。

 単なる「言葉」ではありません。

 教育は「人」です。

 教師や政治家は,叩かれるのが専門の仕事であると肝に銘じておきたいものです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より