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「ブラック塾」と学校の未来

 朝日新聞デジタルに,厚生労働省が塾のブラックバイトに対して,違法な例を示し,改善を要請したというニュースが配信されている。

 私も塾でアルバイトをしていた経験があるが,授業開始の20分前に出勤するのは当たり前で,早く到着した時間に打ち合わせがあっても,給料が支払われる対象にはならないのは当たり前だと思っていた。

 勤務時間ぴったりに通勤する教員などほとんどいない。

 時給3000円で,だいたい1日3時間授業があるから,9000円手に入る。大学の授業に出て,夜に出勤することで,8時間コンビニやファミレスでバイトする以上の収入が得られる。

 こういうのが塾の仕事だと考えていたが,「ブラック」と言われるのだから,少し事情が違うのだろう。

 記事で紹介されている「違法例」を見て,最低賃金法以外は,普通の学校に通う教員たちも全く同じだろうと感じた人は多いだろう。

 ただ,教員は自ら進んでやっている,と言ってしまえばそれまでだし,

 「教育への使命感」を持ち出されると,勤務時間が終わるとささっと帰宅してしまう人の方が白い目で見られてしまうのが学校現場というところである。

 教員の仕事が長時間にわたって体力・精神力を要するものであることは,現場に立てばすぐにわかるものではあるが,「1分でも長く教えて,勉強ができるようにしたい」「1分でも長く指導して,部活動を強くしたい」という強い熱意が学校の原動力になっていることを知らない教員はいないので,「意欲的な教員」の足を引っ張ることはやりにくい。

 アルバイトの世界と単純に比較することは難しいのだが,仮に将来,教員を目指している大学生がブラック塾につとめているとしたらどうだろう。

 子どもがどこを苦手にしているのか,何ができないのか,何に興味をもちやすいのかを知る機会となる塾講師の仕事は,「お金を払ってでも」したい・・・・なんて学生は皆無だろうか。

 バイト先として,コンビニよりも塾の方が理想的だと単純に言うつもりはないが,経営者としては少しでも優秀でやる気のある学生には長く働いてもらうように配慮するだろうし,逆に「やめてもいい」と思う学生にはつまらない仕事を押しつけるかもしれない。

 塾では能力に応じた給料が得られるのに対して,学校ではほとんど一律,だれでも同じになる。

 両者にはメリット・デメリットがあり,法による規制がデメリットを抑えるのであれば,どちらかに統一すべきだと言うわけにもいかない。

 塾の経営も決して楽なものではないだろうことは,短期間,生徒集めに苦労していたところで働いたことがあるのでよくわかる。

 教員の大量退職がこれから続くが,昔の寺子屋のように,授業料のかわりに米とか野菜をもってくれば教えてもらえる,なんていう個人塾も出てくるかもしれない。あるいは,自治体が塾を経営するような時代も来るかもしれない。

 大学の削減によって,いつの間にか大学だったところが学習塾になってしまう時代が来るかもしれない。

 逆に,駅前にある予備校が,大学になったら,どれだけ便利なことか。

 余計な想像しかできないようになってしまった。

 厚生労働省の要請を受け入れた塾から廃業に追い込まれる,というシナリオは,

 文部科学省の方針を素直に聞いた国立大学から朽ち果てていくという未来と重なって見える。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より