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効率重視の社会への違和感

 日経の記事によると,アメリカでは成人の約7割がサプリメントなどの栄養補助食品を使っているそうだ。

 マルチビタミンからビタミンD,カルシウム,ビタミンC,食物繊維などなど。

 日経HPの映像記事『食と農』では,ブロッコリーの新芽を栽培している工場(静岡県焼津市)の様子を見ることができたが,「体によいもの」を生産者が効率よく生産し,消費者が効率よく体内に入れていく仕組みについて,

 どことなく「違和感」を覚えることができる人は,どのくらいいるのだろう。

 年代別に見るとどうなのだろう。

 テレビのコマーシャルでは,「一日分の野菜を食べるのはこれだけたいへん」という様子を示し,

 「たった3粒で・・・」という「楽な方法」を紹介する。

 もちろんお金はかかるわけだが,「つくる」労力,「食べる」労力は減っていく。

 効率重視の社会では,労働しないで(咀嚼しないで)すんだ時間を使って,別のことができるようになる。

 しかし,果たしてこういう生活で人間の「健康」は本当に保障されていくのだろうか。

 私は教育関係者だから,これと似たような違和感を教育現場で抱くことがある。

 解法が問題集に示されているようなものはどんどん解けるが,

 新しい課題となると,全く歯が立たないというより,課題を解決しようという気にならない子どもがいる。


 教育実習生でも,予備校的レベルの大学で効率よく採用試験の勉強だけをしてきた学生に似たような傾向が見られる。


 受験のための塾による指導を「教育」と勘違いしている子どもや親から見れば,

 「そんな課題を出す先生が悪い」ということになる。

 その理由は,「塾の先生でもわからないと言っている」から。

 効率よく「いい成績がとれる子ども」「志望校に合格できる子ども」をつくっている人には想像できない力が「学校教育」にはあるはずである。

 そういう信念を教師自ら抱いていた学校も,たとえば都立高校なら,進学実績重視の高校が出てきたあたりから,怪しくなってきた。

 長くその現場にいる人からは,「学校が全く変わってしまった」ように見えるらしい。

 教育庁幹部は,「都民の期待」に応えているのだから,「いい仕事」をしているとも言える。

 それは,「行政マン」「事務方」としては,正しいのかもしれない。

 内田樹は,日本全体の「株式会社化」が進んでいると警鐘を鳴らしている。

 新自由主義路線は,小泉首相時代から変わっていないようだ。

 行政では,その時代に力をつけてきた若手が,今,幹部に昇進しようとしているから,

 ますます行政の「株式会社化」は進んでいくだろう。

 税金の無駄を減らすために,効率重視という考え方も必要である。

 しかし,一方で何を犠牲にしているか,そのことのリスクが何であるかも周知された状態で,改革を進めてほしい。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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