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『授業を磨く』ための本があまりに物足りないのはなぜか?

 今私の手元に,『知性を磨く』という本と,『授業を磨く』という本があります。

 前者は『知性』を感じるのに対して,後者には『内容がない』という印象しか残りません。

 『スキル』だけはある,という教育実習生をたまに見ますが,もちろんそれが悪いと言いたいわけではなく,

 もっと大事なものを身につけていこう,という思いを正面からぶつけようとしています。

 後者の本が非常に貧弱というか,教育界のレベルの低さを感じてしまうのは,前者に後者のような本の問題点がはっきりと指摘されているからかもしれません。

 後者の本を読んで,勉強した気になる人は,おそらく小学校の先生に多いと思います。
  
 中・高の先生は,30分くらいで読み終えてしまって,「だからどうしたというの」という印象を強くもつでしょう。

 これが,日本の初等教育のレベルと,中等教育のレベルの違いといってしまえばそれまでなのかもしれませんが。

 大学での教育はどうなのでしょう。

 少しだけ恐ろしいのが,今日,検討を依頼された大学院生の指導案です。

 大学院になると,大学4年の教育実習生よりも,指導案のレベルが一気に低下するのはなぜなのだろう・・・という疑問の答えは,実ははっきりしています。

 大学院には「指導案の書き方」が教えられる人がいないからでしょう。

 教職課程をもつ大学を,今の3分の1くらいに縮小すれば,相対的に学生の質も向上するはずです。

 市民感覚では当たり前の話ですが,一律に規模を縮小するのではなく,課題が多い(教育効果がほとんど見られない)ところからなくしていくのが一番です。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より