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学校が失ってはならない大きな役割

 児童生徒が人とどのようなかかわり方ができるようになるかは,学校生活の中でどのような場を用意するかで決まってくる面があります。

 予定外ではあっても想定内であるのは突発的な「生活指導」の場面です。

 社会生活や会社での仕事がうまくいかないという人のうち,「学校ではよい生活ができていた」人はどのくらいの割合でいるのでしょう。

 私は生活面での経験不足,失敗のトラウマを抱えた人が,社会生活でもそれを引きずっている傾向があるのではないかと考えています。

 学習面にかなりの焦点があてられてしまっていて,高校などは大学進学実績で左右されるかのように見えていますが,受験のための学力は高校に通わなくても,「一人」でつけられてしまうという面が強い力です。

 むしろ焦点をあてるべきなのが,「学校でなければできない経験」「集団生活の中で自分なりの居場所だったり役割だったりを見いだせる経験」がしっかりできているかどうかではないか,と多くの教師も考えているのではないでしょうか。

 校種が上がるごとに,その意識が薄らいでいってしまうのが今の学校の現状のように思います。

 日比谷高校をはじめとした学校が,「かつての伝統校らしい姿」を失っているという「内部の声」を耳にしたことがあります。

 原因は,「生き生きとした学校生活を送りたい」と願う生徒たちへの教師の「無関心」にあるのではないでしょうか。

 「無責任」というのは少し違います。

 「関心」の向く先が,偏りすぎている・・・・・そもそもそういう「関心」しかなかった人,もてない人が,教師になっているのではないか,というのが私の心配事です。
 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より