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30年以上前の指導観から先に進めない人

 中高でアクティブ・ラーニングに日常的に取り組んでいる教師は多くはないだろう。

 ましてや試験の直前まで,自主的に課題を解決させるような授業ができる学校は少ない。

 先日,ある学校で教育実習を終えたばかりの大学4年生と話をする機会があったのだが,

 実習校は私立だったので,「解説型」授業でよかったようだ。

 これほど楽な教育実習はない。

 公立の教育現場では,観点別学習状況の評価によって評価・評定を出すようになってから,

 「解説型」授業ではすまされなくなった。

 だから「講演会」と「授業」を同列に見なすような授業観は,少なくとも20年前には姿を消している。

 「講演会」とは真逆の極端なタイプが『学び合い』である。

 『学び合い』が大嫌いで,『講演型』授業に魅力を感じるタイプは,10年以内にみんな退職し終わる時期を迎えている。

 プレゼンソフトや電子教科書が使える環境が広がり,

 『講演型』授業はだれでもできるような時代になった。

 しかし,そんな授業では十分な力がつかないことは,歴史が証明してしまっている。

 その最もわかりやすい例が,実は退職間際の教師たちだというのは哀しい皮肉である。

 なぜ生徒の「理解」が深まらないのか,という問いへの答えが出てこない。

 「選択式のテスト問題」ではだめなんだ,という危機意識が希薄である。

 生徒が自ら課題を設定することが苦手なのはなぜか,という理由が説明できない。

 すべて自分にもあてはまってしまっていることだからである。


 教育ブログの世界はすばらしい。

 具体的なサンプルが日常的に公開されることは,ある意味,非常に貴重である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より