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小学校英語とエビデンス(Yahoo!ニュース)

 Yahoo!ニュースに公開されている応用言語学者の寺沢さんという方の記事には,教育政策にかかわる人間にとって非常に重要な情報が含まれているので,同じタイトルにして紹介させていただきました。

 その最も中核的な内容は,小学校教育を覆いつつも拭いがたい「幻想」と「自己満足」を否定するものです。

 小学校教育にしか関わった経験がない方には,ご自身の「幻想」や「自己満足」には気づかれにくいことでしょう。

 気の毒な現状が続いている背景には,「教育のすばらしさ」を大事にしようとする,教員にとってはとても大事な価値観をもたれていることがあり,ただ責め立ててしまうわけにもいかないもどかしさがあるのです。

 「子どもがキラキラ輝いていた」とか,「みんな,見捨てない」という言葉が,いかに空虚なものであるかは,その子どもなり教員としての自分が成長していけば気づけるものであり,目を覚ます人もたくさんいると思います。

 しかし,麻薬的な「言葉」に浸ってしまった人たちは,「エビデンス」などという横文字の言葉とはほとんど無縁なおとぎ話の世界の外は見えないか見えないふりをしているので,手のほどこしようがないのです。

 寺沢さんは,小学校現場の問題をよくご存じだと思います。

 そして,その問題をご存じであるがために,小学校英語には賛成の立場にも,反対の立場にもなれる方だと想像します。

 小学校は,「幻想の教育」の場であり,英語を学ぶということ自体がファンタジーの世界で,親和性が高いということ。発音だの文法などにはおかまいなしに,ただ挨拶や自己紹介ができ,楽しめればとよいという程度の発想を,中学校や高校の教員はすることができません。賛成の立場になる根拠になります。

 一方,「幻想の教育」をもし立て直す気があるとしたら,反対の立場になれます。

 「エビデンスがない」という批判は,『学び合い』に対して芦田さんという方が繰り返しされていたように記憶しています。

 寺沢さんの批判の中心は,「決定の手続き」に関するものであり,実際には賛成・反対の立場を明らかにはされていません。

 議論がされておらず,エビデンスが不足している現状では,ゴーサインを出すべきではない,というのが英語を実際に使っている国の基本的な考え方です。

 日本はまだまだ「まともな国」になっていない証拠であるように思われます。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より