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情愛欠乏症は教育現場で治療可能か?

 授業参観をしていると,

 この人,どことなく生徒への・・・人への愛情に欠けているようだ・・・

 何気なくそう感じる場面がある。

 生徒の側は,それに慣れているというか,よく理解して接しているように見える。

 逆に,この人は,いい親や教師に育てられたのだなとうらやましくなる人もいる。

 「基本的信頼感」を適切な時期にしっかりと育まれて成長した人は,人への情愛を身にまとって生きている。

 
 ブッシュ大統領(父親の方)のアドバイザーだったエドワード・ルトワック氏から上念司氏が聞いた話では,

 オバマ大統領は,友達がいないのだとか。

 その原因をたどっていくと,ある世代で当時流行した「科学的育児法」の影響が考えられるとのこと。

 「あいさつができない子ども」ができた原因を育児の方法に見るのは,日本でも可能かもしれない。

 幼いときに,肉親の情愛に満たされずに育った子どもは,学校で,社会で,どのような大人になるのか。

 
 児童生徒への教師の情愛は,どのようなかたちで表現されているのだろう。

 私が注目しているのは「目」である。


 客観的な採点基準などつくりようもないが,生徒が活動している場面の動画を見ている様子で判断することはできないだろうか。

 「あたたかく見守る目」をした教師を多く見ている人間が面接官になるのは当然のこと。

 どうも児童生徒への対応が冷たくて・・・・教育現場では,こういうとき「事務的な対応」という事務方には失礼な言い方をすることがある・・・・という苦情というか,困惑を耳にした管理職はどうしたらよいのか。

 「お涙系」の映画鑑賞会を研修の時間に設けるのがよいのか?

 感動して泣いている教師の姿から何かを学ぶことはできるのか?

 
 教育現場で最も強力なクスリは,卒業式にある。

 卒業式で何も感じていない人がいたとしたら,これは重症だ。

 
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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より