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「低所得層の子ども=低学力」データの矛盾

 いくつかの雑誌や新聞で,ときどき思い出したかのように,

 子どもの低学力の背景には,家庭が経済的に困難であるという問題がある・・・

 という趣旨の記事が登場する。

 AERAで紹介されていた記事では,無料塾で九九を学習する中学校3年生が紹介されている。

 ほとんど個人が特定されてしまいそうな書き方だったことも問題だが,「家庭環境が影響している」と結論づけたあと,こんなデータが示されている。

>秋田県の14年度の全国学力テストでは,小学生が47都道府県で1位,中学生も2位。

>それなのに,同じ年の大学進学率は36位。なぜか。秋田県の世帯年収は,全国43位。

 世帯年収は43位なのに,中学生の学力テストが2位なのはなぜか。

 また,中学生の学力テストの結果と,大学受験のための学力の相関はどれだけあるのか。

 この手の「データ分析」など,曖昧すぎて意味をなさない。

 親の育児や家庭教育のあり方が,子どもに及ぼす影響はもちろん小さいものではないはずである。

 ただ,小中学生の学力を語るときには,必ずその子どもが小中学校でどのような教師に教育を受けたのかをおさえなければ,話にならない。

 教師によっては学力下位層を放り出して授業を進める者もいるだろうし,逆にそちらに気を配りすぎて,学級を崩壊させている者もいる。

 もっとマスコミは学校内で行われている授業の実態をしっかりと取材すべきである。

 先日,ある小学校での授業の様子が報道され,そこの卒業生がたまたま視聴していた。

 「先生,あれ,本当はやってませんよ」と教えてくれた。

 こういう「報道向け」の仮面がかぶれる小学校など取材しても,何の意味もない(その小学校の実態を暴くのであれば,意味はある)。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より