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AO入試枠の拡大によって,チャンスを失う高校生たち

 ヤフーニュースの検索で,AO入試の拡大がもたらしている弊害になるほどと感じた。

 国は,「補助金」という武器を使って,各大学にAO入試の拡大を押しつけている。

 多様な個性のある学生を集めるという趣旨は間違っていないが,

 新たな入試制度をつくると,すぐにその「対応策」が研究され,

 その研究の恩恵にあずかれる学生が非常に有利になる。

 つまり「AO入試対策の塾に通えば合格しやすくなる」という事態である。

 私は塾に通わせてもらう余裕のない側の人間だったから,

 さらに,学校の教師をして給料をもらっている立場から,

 余計に「学校よりも塾をたよりにしている人間」たちを見ると,哀れに思える。

 受験学力を伸ばすことは短期間では無理だが,面接や小論文となると,慣れるのはそれほど難しくない。

 面接官経験者,小論文の作問経験者,採点経験者を塾が雇い入れることで,

 さらに試験対策は盤石のものになる。

 教員採用試験の予備校になっている大学と同じである。

 地道にこつこつと学校の授業で力をつけてきた高校生たちが,

 学力的には不十分でも塾に通って面接や小論文が得意になった友達に負けていく実態に,

 相当の危機感をもっているのは実は大学の側であろう。

 追跡調査を行うことで,すぐにその「成果」というか「問題」は明らかとなる。

 和田秀樹氏は雑誌の中で,

>AOはやめて,初等・中等教育の充実で学力を取り戻し,大学教育の改革に専念すべき

 と主張しているが,全く同感である。

 しかし残念ながら,新たな利権というかビジネスチャンスが生まれたところには,

 改革は及びにくい。

 こうして「改革」が現状をどんどん悪化させていく姿は,江戸時代の幕府政治のようである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より