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赤ちゃんザルの命名問題~「シャーロット」は英国王室に失礼か?

 2つの新しい命の誕生を喜ぶ人たちに,思わぬ「待った」がかかった。

 猿に王女と同じ名前をつけるのは失礼だ,という抗議が多く寄せられたとのこと。

 ある人は,「赤ん坊の名前で賭け事をする国に・・・・」などと「失礼には当たらない」とのつぶやきを公開しているが,実際に王室に確かめてみたらどうだろう。

 日本の猿だから,カタカナ書きの「シャーロット」である。発音が違う,と開き直ることは無理か・・・。

 こういうとき,相手の国がイギリスでなかったら・・・などと想像してしまう。

 あるいは,オバマ大統領が飼っている犬の子どもが「シンゾウ」と命名されたら・・・。

 「ニュース」になってしまった動物園では,今年はこれから100匹生まれるらしい。

 命名も大変な仕事である。

 もし「シャーロット」という名になっていたら,いつも英国王室への敬愛とともに育てられていたのかもしれない。

 昔,話題になった「あくま」くん問題。

 現在,苦悩を抱える「キラキラネーム」の社会人たち。

 名付け親には,それなりの責任が生じるという理解だけは共有しておきたい。

 「名前負け」というプレッシャーも,当人にはけっこうキツイものである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より