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小学校7年生は,人によって態度を変える

 「人によって態度を変える」ような「カメレオン人間」にはなるな,というのが中学校入学当初にたたき込まれる「基本姿勢」である。

 小学校7年生たちは,むしろ「人によって態度を変える」ことが正しいものだということを,小学校で学んできているらしい。

 担任の先生と,同じような態度で他のクラスや他の学年の先生に接すること,

 担任の先生ではなく,他のクラスや他の学年の先生に質問することを禁止している小学校があるのだろうか。

 ある小学校7年生の話では,某クラスの担任は,となりのクラスの担任を子どもの見ている前で罵倒することがあるという。おそらく,その全く逆の態度で接する相手もいるのだろう。

 子どもはおそろしいほど,親の醜い部分を学んで育つという。

 小学生と担任教師の関係も全く同じなのだろう。 

 適正規模ではない,各学年1学級のようなクラスでは,そもそも「他の先生」と会ったり話をしたりする機会がないのかもしれないが,「公平・公正な態度」を学ぶ機会のない子どもたちは本当に気の毒である。

 とてもとても単純な,「気に入った先生」「厳しいから嫌いな先生」という理由で「線引き」をする中学生も,もちろんいる。ただ中学生の段階になれば,「好き嫌いで態度を変えることで,人間としての信用をなくす」ことに気づけなければならない。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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