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金めあての日本人学校赴任

 一部の教員の不正行為によって,真面目な教員たちの純粋な動機すら,

 「ゼニのためだろう」と勘ぐられる結果となる。

 日本人学校の元校長らが,約760万円の住宅手当を過大受給していたというニュースが報じられた。

 「日本人学校に赴任できれば,家が買える」なんて大げさな冗談を言っている先輩教師がいたが,
 
 現地の豪華な生活ぶりを耳にすることはあっても,

 実際にどのような教育をしていたのかは聞いたことがない。

 以前,どこかで記事にした記憶があるが,

 私はこの「日本人学校行き」がほぼ確実視されていた。

 区の面接を通過し,都の面接を通過して,あとは当時の文部省の面接で決まるはずだった。

 結果は,不合格。

 面接を待っている間に,廊下で熟睡してしまい,順番になっても部屋に入らなかったことが原因の一つだろうと想像する。寝起きで面接が始まったから,質問ややりとりをはっきり記憶できないほど,頭がぼやけていた。

 たったの10分ほどだったかもしれないのだが,

 「何もしないで人がいない廊下で待っている」という経験を教員生活6年間で一度もしたことがなかったことに後で気づいた。

 面接を待っている間に,睡魔に襲われてしまい,教員生活始まって以後,初めて,昼寝をしてしまったのである。

 合格するわけがない。

 ただ,しつこいほど熱心に「日本人学校行き」を薦めてくれた管理職には申し訳ないことをしてしまった。

 自分としてはさほど行く気はなかったが,「確実に合格する」ための想定問答の準備はできていた。

 面接官の中に,本心が読める人がいて,不合格にしてくれたのであれば,それはそれでありがたかった。

 もし試験に合格し,日本人学校に行って,そこが教育困難地域であれば,給料も相当に高く,たった3年間でも,すごい額のお金がたまった可能性がある。

 そうならないでつくづく良かったと思えるのは,1年後に恐ろしく荒れた学校に転勤し,そこで多くのことを学んだお陰である。

 教育の失敗の「見本市」みたいなところにどっぷりと5年間つかったお陰で,今がある。

 教育困難地域の3年間を,「お金」以外のところで想像することは困難である。

 国内に,これだけ「教育困難」な場所があったのかと感慨にふけってしまうが,そこで健気に生きていた子どもたちとの再会の場で,改めて教師をやっていてよかったと思った。

 過大に受け取ったお金は返したらしいが,それで許されてしまうのなら,

 今後もいくらでもこんな問題は繰り返されるだろう。

 「ばれなければ,やっていい」という空気を子どもに教えているのが教師だったのだ。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より