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形だけの発表会が増え続ける

 研究発表会の協議で自由な発言ができない学校は,今や少数派とは言えなくなっているのかもしれない。

 私も行政にいた経験から,そもそも発表会を開くこと自体が奇跡であるような学校もある。

 そこを訪問した人が,いやいや発表させられたと嘆いている教師たちを批判するようになった場合,行政の側なら発表側を守らなければならなくなる。

 10だめなところがあっても,指摘するのはせいぜい1くらいにして,あとはその10倍くらい褒めなければならない。

 そんなしきたりのもとで「形だけの発表会」を続けているところが他にもあるのだろう。

 それは考えてみれば,子供たちによる発表会…特に小学生たちの発表と全く同じレベルである。

 だから情けないという見方もできるが,小学生たちへの教育のイメージを,

 自分たちの発表でつくりあげていくという曲解も成り立つ。

 公立学校に限らず,国立大学の附属も,そういうレベルになってしまっているのだろう。

 私が2月に参加した「形だけで内容がない」附属学校の発表は,

 「形だけを真似しよう」という学校には参考になったと思われる。

 草野球で言えば,ユニフォームだけ,強いメジャーリーグのチームに似せるような行為である。

 そういうレベルから,今の教師たちは出発しなければならないのかもしれない。

 形だけでも,発表できるだけまし,という状態は寂しいものではあるが,

 子供と同じで注意されてやる気がなくなる教師たちに教育現場に立ち続けてもらうためには,

 通過しなければならない儀式なのかもしれない。

 それだけ教師の質も,大学教員の質も低下傾向が続いているということである。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より