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心を言葉で操作する~問題行動に対する指導の前に行っておくべきこと

 他人の心を言葉で操作する技術は,営業職など職業上のスキルとして重宝されるものだろうが,

 教育の現場では,教師が心にもないことを言葉で表現するという「仮面の世界」が広がることについては違和感がある。

 ぎりぎりOKと言えそうなのは,

 自分の心を自分の言葉で操作することである。

 心理学でいう「プライミング効果」を自分自身に適用させることによって,嫌いな子供や教師を好きになったり,自分に自信を持たせたりすることは,有効的であろう。

 アメリカの学校では,プライミング効果そのものを日課のように実践しているところも多いようである。
 
 ポジティブな言葉だけを頭に浮かべたり,何回も声に出したりすることで,「心」のあり方が変わっていくことは,つらいことの鍛錬を通して実力を磨いていこうとする伝統的な自己教育力の育成とはそぐわないところもあるが,つらいことをするのが耐えられない人たちにとってはよい逃げ場となるだろう。

 他に大きなニュースがなかったために,日本で最も有名になってしまった警察署長がいるが,

 その言葉の中に「毎日100件以上の苦情で忙殺されている」という「言い訳」があった。

 中学校の現場も,規模は異なるが似たような面がある。

 こういうことを「嫌なこと」として捉えている心で,新たに発生した問題について,冷静に対処し続ける・・・特に相手の心を思いやりながら対応することは,至難のわざかもしれない。

 しかし,対応を誤ること・・・本音を言ってしまうとか,相手を傷つけるとか・・・で,さらなる対応が求められるようになるから,問題への対処力は高めておく必要がある。

 中学校の問題行動への対応では,プライミング効果を応用してどのような方法がとれるのか。

 まずは,問題行動を起こした生徒が活躍しているすばらしい場面を思い浮かべる。

 それがない場合がほとんどかもしれないが,何でもいいから「良い面」を知っておく。

 そして,そういう「良い面」をもった,成長期待のあるよい生徒であるとして「認める」態度で指導にあたる。

 これによって,指導上,「余計な言葉」にあたるものをポロッと出してしまうことがかなり防げるようになる。

 一部のブログなどでは「余計な言葉」ばかりが目立っている。

 面と向かって言葉を伝えているわけではない状況では,「余計な言葉」を出すことによって自己満足を得ることができるのだが,そうやって人間はどんどん信頼をなくし,孤立化していくのである。

 問題行動を起こした生徒の心を痛めつけるだけでなく,指導をしている自分自身も貶めていくような言葉を発しないようにするための準備は,決して怠ってはならない。

 うつろいやすい人間の心はおそろしいものだが,

 言葉のもつ力のおそろしさはそれを上回る。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より