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「他人を見下す人間」を教師にしてはならない

 今後,学校現場で評価のシステムが変わると,性格面だけではなく,学習面でも

 「自分で自分の長所,ストロングポイントを主張する」能力を高めることが要求されるようになる。

 日本人の美徳からは,かけ離れた行為のようにも思えるが,

 グローバル社会で生きていこうとするなら,当然もっていなければならない能力となるだろう。

 だから「自分で自分を褒める」ような行為も,笑って認めてあげるような人間が増えないと,

 いつも他人と自分を比較して,「自分はそれほどでもない」という卑下の精神で生きていく子どもを増やすことになってしまう。

 何よりも醜いのは,「自分で自分を褒める」ような可愛らしい人を指して,

 「低レベルの人間だ」などと見下す人間である。

 「低レベルの行為だ」というなら,まだわかるが,

 「行為をもって人そのものを否定する」ような人間には,少なくとも教育を語る資格はない。

 「あつはダメな人間だ」

 「お前はダメな人間だ」

 という言葉を子どもにかけ続けている親や教師を想像してほしい。

 自分がそう言われても,他人には言わない人を教師にしなければならない。

 自分がそう言われて嫌な思いをしても,他人には・・・特に子どもには嫌な思いをさせない人を教師にしなければならない。 


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より