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「褒める」というより「認める」という意識での指導を

 「褒める」ことと「おだてる」ことの区別とは何だろうか。

 教師によって褒められるのではなく,おだてられ続けた子供はどのように育っていくのだろうか。

 教師は経験を重ねることによって,実に多くの子供たちと接することになる。

 そして,それぞれの子供の「伸びしろ」を知るようになる。

 よく「伸びる」子供と,「伸びが停滞する」子供との違いは何だろうか。

 たくさん褒められた子供がよく伸びて,そうでない子供は伸びないという因果関係は成り立つのだろうか。

 たくさん褒められる行動をとったり成果を残した子供はよく伸びていて,そうでない子供は伸びていないというのは確かだろう。

 褒められる機会が乏しい子供の中には,

 「好かれる子供」が褒められて,「好かれない子供」が褒められないという誤解によって,自分の可能性を信じようとするのが見られるようになる。

 自分が褒められないのは,教師から嫌われている・・・あるいは好かれていないからだと信じ込む。

 大人不信や教師不信によって,自分への信頼感を維持できることは,ある意味では「生きる力」を持っているとも言えるが,「伸びる力」にはならない。

 教師として心がけたいことは,「どんな小さなことでも褒めよう」などということではなく,

 「どんな子供でもその存在なり,伸びようとする人間であることを認めよう」とする態度である。

 問題行動等は,「伸びようとすること」がうまくいかずに混乱している状態であると解釈すればよい。

 子供たちには,褒められないからといって,自分自身が認められない存在であるわけではないことを知ってもらいたい。

 安易に「褒める」ことで,駄々をこねる子供をあやすように誤魔化すのではなく,

 高度な意味で人間としての存在を「認める」ことで,その成長を支援する立場の人間であることを示し続けなければならない。

 「こんな生徒,クラスにいなければいいのに」という心は,

 ストレートに子供に届く。

 クラスの生徒たち全員にそう思われている子供にとって,学校での最後の砦はどこにあるか,言うまでもない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より