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大河ドラマと「学ぶ意欲に満ちた目」

 大河ドラマの視聴率が低迷しているということで,NHKは番組宣伝に力を入れたのだろうか。

 あまり大河を自ら見ようとしない家内が,「今日は見てみたい」と言ったので,

 高杉晋作が登場するこの日曜日の回を視聴した。

 私がここで気になったのは,

 「向学心に燃えた人物たち」の役で登場しているはずの役者の「目」である。

 教師である私は,吉田松陰役の俳優の「口」や「目」よりも,

 台詞のない役者たちの「目」に注目していた。

 心を動かされている人間の「目」の輝きを,教師という立場にいるとよく目にすることができる。

 熱狂的なファンやお笑いでリラックスしている人たちの

 「楽しそうな目」とは区別させていただきたい。

 「楽しそう」でかつ,さらに上の段階に「挑んでいこう」とする目には,独特の輝きがある。

 人は深く考えるときには口を開かないが,

 「目」は何かをとらえようとしている。

 こういう話をすると,すぐに思い浮かんでしまうのは,

 東大寺戒壇院の四天王・広目天の目である。

 どれが広目天か自信がない人でも,「筆と巻物を持っている」と言えばおわかりになるだろう。

 このような目をもつ教師になりたいと思ったが,

 どうしても,きょろきょろして「語る目」を探してしまう。

 ドラマの中で,「語る目」を探していたが,なかなかとらえきれなかった。

 台詞のない役者の「目」の力にまで演出の注意は働かないのかもしれないが,

 この場面ならもっと「強い目」の力がほしい,と不満になってしまった。

 こういう調子だから,大河ドラマも楽しめない。

 次に見るのは安政の大獄あたりだろうか。

 (追記)

 以前にも書いたかもしれないが,私が高校生のときに戒壇院を訪れたときは,

 触れる場所に四天王が立っていた。

 自分が教師になってから訪れたときには,もうその場所には入れなかった。

 当時,撮影禁止とされていたが,何を思ったか管理人の人が,

 いっとき,建物の外に出て行っ(てくれ)た。

 あれは,「写真を撮ってもいいよ」というサインだったのか。

 私たちの目は,文化財を傷つけたりするような人間のものでもなく,

 本物を間近で見てみたいと強く燃えている人間の目にうつったのではないか。

 確かめることもできない想像の話ではあるが。

 あのとき,間近で見ることができたおかげで,広目天の目は自分の目に焼き付けることができた。

 多くを学ばせてくれた「目」であったのだ。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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