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横綱・白鵬の「終わり」

 白鵬自身に余裕がなくなってきているのではないか,というのが私の印象です。

 競技中はもちろん,競技を終えた後でも,

 心の乱れが言動の乱れに直結してしまう人間というのは,「弱者」です。

 今の白鵬は「弱者」そのものになってしまいました。

 NHKアナウンサーからも批判を受けるようになってしまった「大横綱」ですが,

 「日本人を敵にまわしている」という飛躍しすぎた見方がされることには同情します。

 

 スポーツ選手には,精神面・肉体面の「衰え」が必ずやってきます。

 オープン戦でも活躍しているイチローにも,やがて訪れることが決まっているのが「衰え」です。

 「衰え」の自覚は,マスコミや身内などへの対応の余裕のなさに現われてきます。

 ファンへのサービス精神を忘れ,逆に励まされるようになってしまっては,

 「記録だけ残した横綱」で終わりになってしまう可能性があります。

 バラエティ番組で愛想をふりまくようになってしまっては終わり,という持論もありますが,

 それには反証もたくさんあるので,追及はできません。

 しかし,予定されているTV放映のインタビューでの微笑ましくない態度は,

 決して「大横綱」のそれではありません。

 自らの実力で(という自覚のもとで)頂点に上り詰めた人間が,ときとして

 信じられないような行動をとることがありますが,

 「人間の強さ」とは,単に勝負事に「勝てるかどうか」ではないことを

 教えてくれる非常によい「道徳教材」になってしまうかもしれません。

 「こんな横綱は私が倒す!」という意気込みで他の力士たちが奮闘してもらうことを願います。

 そして,白鵬には「絶対的な強さ」を改めて見せつけてほしいと思います。

 千代の富士が引退するときは,その無念さに何だか心を痛めました。

 そうではない心の痛め方を経験しないでよいことを望みます。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より