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職員室=EU~ブログの記事のメッセージ性

 ブログは,タイトルからしてそのお立場がはっきりわかるものもあれば,かつての現場への未練がましさというか,怨念めいたものも臭わせるものがあって,様々ですね。

 私のこのブログで,あまりストレートに社会事象を扱ったことはなかったかもしれないので,

 「何か意図が隠されているのではないか」と受け止められた方がいらっしゃったようですが,

 前回の「火薬庫」の記事は,単純に「ヨーロッパは大変そうだな」という「他人事」的な発想で書いて,

 どうにか「自分事」や「日本のこと」に置き換えて何かのかたちにできないかなと

 思っていたものです。いつもの調子で脱線しそうだったところで止めてしまいました。


 EUを日本の教育界にたとえると,ギリシャあり,イギリスあり,様々な「国家」が各校種ごとや大学別に存在しますね。

 私は社会科関係の大きな学会に入って,何度か発表もさせられたのですが,現場感覚からいって,あまりのレベルの低さに幻滅し,もう個別に頑張っている人たちと連絡をとりあって研究するしかないと腹をくくりました。いかにも「発表回数目当て」的な場面に出くわしたり,「常連さん」的な手抜き場面に遭遇すると,本当に時間がもったいなくて仕方がない,人生の時間をこんな場所で無駄に使いたくない,という切迫感にかられました。

 とはいっても,お金を動かせる立場の人たちには「訳が分かる状態」をぜひつくってもらいたいので,それなりの当事者に近い立場も維持しなければいけないというのは,ややこしくもありますが,やりがいはある立ち位置です。

 海外の特色のある・・・というのは,かなり特殊な部類の・・・・教育事情を紹介する番組がありましたが,

 日本がどこかの国にとても後れをとっているという印象はありません。

 ハイテクなどは存在しない,古代中国の春秋・戦国時代でも同じような「教育」をしていたのではないかと錯覚するくらいでした。

 他の国に遅れをとっているとしたら,私たち現場の教師たちにとっても同様に,一般人には何をしているのかよくわからない大学の質くらいでしょうか。

 大学を認可した人の責任がきちんと問われる仕組みをつくるべきでしょう。

 文科省は,国立大学の「選別」に走り,「お金を渡す仕組み」づくりに躍起になっているようですが,不正の温床になってきた経緯には十分な注意を払ってもらって,「成果の厳密な検証」に今までの何十倍もの費用をかけてもらいたいところですね。

 「簡単に数字が出せる」分野にばかり大学がいそしむようになるえげつない姿の産みの親になるわけですから,「後処理」の厳密さにも精力をふるってもらいたいものです。そんなことができる人というか,やる気のある人はいないでしょうけど。

 荒れた学校にいたとき・・・・・

 生徒の対立場面は当たり前ですが,他の教師と生徒との間の仲裁,生徒同士の争いの仲介,生徒と親との争いの仲介,生徒が迷惑をかけた地域の人と生徒・親との仲裁などなど,様々な経験を通して,権力とかお金がないなかでの「生活の工夫」を学ぶことができました。

 そして,学校現場には,「優れた人材」が必要だと,常々思っていました。

 「予算をとってこれるから偉い」とか,そういう発想など,生まれる余地がありません。

 こういう現場をよりよくする,という発想ができる人が,この世の中にどのくらいいることか。
 
 給料を上げてほしいから,そういうことを言っているわけではありません。

 度胸と忍耐力と健康な体。これが公立学校の教師に必要な資質・能力で,なぜか,机に座ってのんびりお茶を飲んでいる暇のある人が,存在する。

 職員室は,まるでEUそのものでした。

 ああ,今,わかりました。EUが気になったのは,かつての職員室の構図と同じだったからでした・・・。

 ギリシャみたいな国をどうにかしてほしいと思う気持ちがあっても,当時はどうにもならない存在だったのです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より